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環境にやさしく美しい“まちなみ”づくりを目指す桜守
“くにたち”は東京の多摩地域に位置し、新宿駅から電車で30分余りのところにある人口7万2000人の小さなまちです。まち一番の自慢は、春になるとあたり一面をピンク色に染めてしまうサクラ並木です。

サクラと色とりどりの花たち
JR国立駅の南改札口を出ると、すぐ目の前に広い「大学通り」、そしてその先にはさらに東西に「桜通り」が交差して、サクラとイチョウの並木道が続いています。サクラの数は400本余り、本数では上野公園、新宿御苑、昭和記念公園などには及びませんが、通勤、通学、買い物など普段生活している町の中にあるサクラ並木としては東京で一番見事です。サクラの多くは昭和9年から10年にかけ地元の人によって植えられ、75年あまりたちました。一番大きなサクラは幹回りが3メートルを越え、風格があるものの、全体を見ると周囲の環境の変化などによって痛んだり、樹勢の弱った木が目立つようになってきました。
<くにたち桜守ができるまで>
そんなサクラの木が弱っていることに気が付いたのは16年前のことです。ふと見上げた幹に大きな傷があり、周りのサクラを調べたらあちこちの木も痛んでいました。その当時は今ほどサクラについて十分な知識は無かったものの、放置しておいたら数年後には傷口が腐って、幹が弱ってしまうことが理解できました。とりあえず市役所の担当窓口に行き、状況を説明し対処をお願いしたのですが、「知っています。でも毎年咲いているから大丈夫です。」の答えに言葉もありませんでした。でも何とか元気に花を咲かせるようになってほしいと思い、毎年地域で開催されている「くにたち さくらフェスティバル」の実行委員会に参加させてもらい、サクラの木が痛んで弱っていることを多くの人に知ってもらいたいと考えました。
当時は今ほど環境問題が話題になっていなかったので、ただ「痛んでいます」、「弱っています」では多くの人が気づかないのではと思い、まずサクラの木に関心をもってもらうことを考えました。国立のサクラは“いつ頃”“誰が植えたのか”を調べ、1年目は「くにたち桜物語 第1章 桜を植えた男達」というテーマで、昭和9年当時大学通りにサクラを植えた人に会い、その頃の話と、顔写真を大きくパネルにして傷ついたサクラの写真とともに会場に展示しました。ちなみにこの写真のタイトルは「桜の木はつらいよ」でした。翌年は第2章として「桜づくし」という企画に取り組みました。サクラの短歌を募集し、サクラの草木染め、さらに竹の花器にサクラの花を飾りました。痛んだサクラの手入れを始めたのは3年目の第3章からです。サクラのポストカードを作り、その売上げの利益で花の終わった5月、会場で呼びかけた30人あまりの人達と、サクラの傷口に薬を塗ったり、根元に肥料をあげる作業をしました。第4章、第5章、第6章、の頃には作業に参加する人が100人を越えるようになり、参加した人の声が行政に届いたのか、行政もサクラを大事にしたいと2000年の春、地域住民と共同の桜守活動が始まる事になりました。サクラの傷口と目が合って7年、さらに行政とのコラボレーションが始まって10年、現在も毎月多くの人が様々な、調査、勉強会など多彩なサクラの保全活動をしています。
<くにたち桜守の大きな特長>
現在、大人のボランティアとして「くにたち桜守」に登録している人は100名を越え、EMボカシを使って衰弱したサクラの樹勢回復に取組んでいます。特筆すべきは、この桜守と同じ活動に市内6つの小学校そして中学校・高校の児童・生徒が授業として関わっていることです。学校によっては参加する学年は低学年の1年生、2年生、3年生、あるいは5年生と様々ですが1学期、2学期、3学期と季節を変えて参加しています。児童や生徒らには「サクラの木だけが大事なのではありません。桜守活動に参加することによって、一つは地域をもっと知って欲しい。」、「地域の色々な人に出会うことによって、国立の町をもっと好きになって欲しい。」、「サクラを元気にするために、ミミズのこと、土のこと、水のことなど環境のことも学んで欲しい。」などと話しています。これをきっかけに色々な世代の人が出会い、交流の輪が広がっていることは、EMによるサクラの樹勢回復にとどまらず、何かもっと大切なことが醸成されてきているのではと感じています。
<花の咲いている町っていいね!!>
国立市はJR中央線沿線の中では緑と大学など学校が多いといわれ、春のサクラから始まり秋の紅葉、青柳崖線の湧き水、南に多摩川と自然に恵まれ、谷保天満宮、南養寺などの歴史ある文化遺産もあり比較的良いイメージの個性ある町ととらえられているようです。でも、ふと気が付くと、高層ビルがあちこちに建ち、歩道には自転車があふれ、このままでは特徴のない普通の町になってしまいます。
“まちづくり”が何か住民の外からのデザイン優先のコンセプトなどに先行されているのではと感じています。地域住民の多くが望む、その意思が反映された環境に配慮した“まちづくり”こそ、住む人の地域への愛着を高め、人と人、人と地域、人と物との関係をより豊かにするのではないかと思います。変わり続ける都会の中で“ホッ”と心安らぐのは、緑の多いところ季節の移り変わりが感じられるところではないでしょうか。
花壇づくりは、白地のキャンパスに絵を描くようなものです。みんなで賑やかに「角を曲がって目線の先に何を植えようか、デザインは?配色は?」などと話し合いながら取り組んでいます。
<波及効果>
「アッ!カマキリがいる。」サッちゃんは目を丸くしていました。幼稚園に通っているサッちゃんはお母さんと花の手入れを手伝っています。駅前なのに、花壇の所には、バッタ、テントウムシ、チョウ、トンボも遊びにきます。
今、町の中から小さな生き物が減っています。人間だけしかいない町なんてなんだか味気ないと思います。花のあることによって、色々な人が出会い、心が豊かになり、その気持ちがタンポポの綿毛のように、町のあちこちに広がると良いなと思います。

大学通りのサクラ並木

